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東京地方裁判所 昭和52年(ワ)9687号 判決

原告

依田信一

訴訟代理人

塩味達次郎

塩味滋子

今村美子

海老原夕美

被告

内野和重郎

訴訟代理人

深沢守

深沢隆之

金子和義

大谷文彦

主文

被告は、原告に対し、金一八三万円とこれに対する昭和五二年一〇月二六日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は五分し、その二を原告の、その余を被告の各負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  原告

被告は、原告に対し、金三一八万九〇〇円とこれに対する昭和五二年一〇月二六日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、一級建築士として依田建築設計事務所を経営し、他人からの依頼により営業として建築設計業務(商法五〇二条五号に該当)を行つている商人である。

2  原告は、昭和五一年三月七日、被告との間で、東京都練馬区東大泉町八三九番地三所在の土地上に被告の居宅を建築するについて、原告がこの設計と建築工事の監理をし、被告が原告に対して社団法人日本建築家協会制定の業務と報酬規定(以下単に「報酬規定」という。)に準じて報酬を支払うことを内容とする請負契約(以下「本件契約」という。)を結んだ。

仮に原告と被告との間で報酬の額について定めなかつたとしても、本件契約の締結によつて、一定の報酬基準によつて報酬が支払われることが暗黙に了解された。

3  原告は、本件契約に基づき、基本設計と実施設計をほぼ終了し、建築工事監理の準備に着手したところ、被告は、原告に対し、設計と監理の中止を申し入れた。原告は、被告の申出があれば業務に入れるよう準備していたが、被告は、第三者に設計を依頼し、これに基づき、居宅を建築した。

4  本件契約は、基本設計、実施設計の部分と監理の部分とに分けることができるところ、原告は、被告に対し、次のとおり、基本設計と実施設計についての報酬請求権と、監理についての損害賠償請求権を有する(なお、報酬請求権が認められないならば、原告は、この報酬請求権と同額の損害賠償請求権を有することになる。)。

(一) 報酬請求権 二九八万八九〇〇円

本件契約に基づく工事設計見積額は、三三七五万円であるから、報酬規定による報酬額は、見積額の11.07パーセントの三七三万六一二五円である。ところで、本件は、監理まで行わずに途中で契約が終了した場合に該当するから、この報酬額の八〇パーセントの二九八万八九〇〇円が本件の報酬額となる。

(二) 損害賠償請求権 一九万二〇〇〇円

原告は、本件工事の監理行為に備えて少なくとも一〇日間被告の申出を待つていたので、原告の一日の労働時間(日当報酬三万二〇〇〇円)の六〇パーセントを被告の申出に備えていたことになるので損害額は、一九万二〇〇〇円となる。

5  仮に本件契約について明示又は暗黙の報酬支払の合意が認められないとしても、原告は、1のとおり商人であるから、被告のためその営業である建築設計業務を行つたことによる報酬請求権を有する(商法五一二条)。そして、その報酬額は、基本設計と実施設計についての報酬二九八万八九〇〇円と、手待ち時間の報酬一九万八九〇〇円の合計額である(その計算は、4と同じである。)。

6  本件契約が請負契約でないとすると、本件契約は、原告を受任者、被告を委任者、被告の建築しようとする建物の建築設計監理を目的とする準委任契約である。そして、原告は、準委任の本旨に従い、3のとおり仕事を遂行したが、被告は、本件契約を解除した。

そして、原告は、被告の本件契約の解除により、原告が既に履行した部分に対する報酬請求権と解除に伴う損害賠償請求権を有するが、その額は、4と同じである。

7  よつて、原告は、被告に対し、本件契約に基づく報酬請求権、損害賠償請求権により三、一八〇、九〇〇円とこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和五二年一〇月二六日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実中、原告が商人であることは否認し、その余は認める。

2  同2の事実は否認する。

横尾守人は、昭和五一年二月下旬、被告に対し、居宅新築の際、原告に設計をさせてはどうかと推薦した。被告がこれに返答を保留していたところ、原告は、被告に対し、住宅建築の構想を示し、同年三月一日ころ、完成予想図、平面図、立面図等を被告に持参し、これを検討して設計監理委託契約を結ぶかどうか決めてほしい旨述べた。被告が、これに対しても回答を留保していたところ、原告は、昭和五一年三月七日、被告に対し、原告への設計依頼方の申込みをしたため、被告は、被告が納得する設計図が作成されることを条件に報酬を支払う旨約束の上、設計監理委託書に署名した。

3  同3の事実は否認する。

原告は、被告の希望する設計図を作成せず、被告の設計変更図作成の要請に対して、何の連絡もせず、その後の被告の問い合せに対しても全く応答がなかつたため、被告は、原告を信頼することができず、昭和五一年三月下旬、原告に対し、原告の設計関与を拒否する旨申し入れた。

4  同4は争う。

5  同5は争う。

原告は、商人ではない。すなわち、建築設計業務は、商法五〇二条五号の「作業又は労務の請負」に該当しない。

6  同6は争う。

三  抗弁

1  二3のとおり、原告が誠実に本件契約を履行しなかつたため、被告は、昭和五一年三月下旬、原告に対し、本件契約を解除する意思表示をした。

2  原告が被告に対して何らかの請求権を有していたとしても、被告は、昭和五二年六月一日、被告との間で、被告に和解金一三万円を支払うことで一切を清算する旨合意をした。

第三  証拠関係〈省略〉

理由

一請求原因1の事実は、原告が商人であることを除き、当事者間に争いがない。

二〈証拠〉によると、次の事実が認められ〈る。〉

1  原告は、昭和五一年二月一一日、不動産仲介業者の横尾守人から、被告が横尾の仲介で購入した宅地に居宅を新築する計画があるのでその設計をしてみてほしいと被告を紹介された。そこで、原告は、被告らとともに建築予定地に行き、現地の状況を調査し、被告から希望する建物の概要を聞き、とりあえず被告の希望にそつた図面を作成することになつた。

2  そこで、原告は被告の希望にそうよう平面図、立面図、完成予想図を完成させ、昭和五一年三月四日、これを被告宅に持参した。被告は、この図面について希望を述べ、原告は、これを入れて再度図面を作成することになつた。なお、同日夜、原告は、被告宅に同行した仲介者の横尾に対して今後今まで以上の仕事をするには設計委託契約を結ぶ必要がある旨述べ、同人もこれを被告に伝えておく旨了承した。

3  原告は、同月七日、被告宅に設計変更した図面を持参したが、その際、被告に対し、被告が一二月に新居に入居を希望するならば、四月一〇日に建築確認申請、同月二五日までに設計を完了させる等本格的に手続を進める必要があるところ、原告は、被告と設計に関する契約を結ばなければ、これからの仕事を責任をもつてすることができない旨述べた。被告は、これに同意し、設計監理委託書(甲第一号証)に署名押印をした。この書面によると、被告は、原告に対し、被告の新築工事についての設計、監理業務を報酬規定に準じて委託するものであつた。しかし、報酬の金額やその支払の定めがない(当初は、工事費の八パーセントに相当する金額との記載があつたが、被告の希望で抹消された。)が、これは、一般的に設計依頼者が正式契約をしたがらないためと、被告と横尾との間で仲介手数料支払の問題があり、また被告の税務対策上の理由から具体的報酬金額の記載を抹消したのである。

4  原告は、その後、建築予定地を管轄する練馬区役所で当該予定地の法的規制を調査し、現地で地形、隣家との関係等細部について調査をし、また土地の耐性等の調査をして予定建築物の構造計画等について専門的検討を行い、設計図を作成した。そして、三月一四日、同月二四日、四月三日にそれぞれの日までに作成(又は変更)した設計図を被告宅に持参し、被告がこれに対して変更を希望する点を指摘し、変更について協議した。

被告が設計の変更を希望した主な点は、門塀、玄関、駐車場、庭園、池(鯉を飼う。)、建具、窓などであるが、被告の考えがまとまつていないため、一貫性がなく、被告の希望に従つて変更した図面に対して別の変更を申し入れることもあつた。

5  原告は、四月一〇日、練馬区役所に提出する建築確認申請に必要な書類(建築確認申請書(甲第一六、一七号証)、構造計算書(甲第一一号証の一ないし二六))、設計予算書(これによると、工事費が三三七五万円となる。)を被告宅に持参して、建築確認申請のための委任状に署名押印を求めた。しかし、被告は、細かい部分について納得がいかないという理由で、建築確認申請の延期を言い出した。

6  その後、原告が被告に対して確認申請について問い合せをしたところ、被告は、四月一九日、原告の事務所に来て、建物の見本を見て打ち合せをしたが、原告に対し、更に建築確認申請を延期するよう申し入れた。

7  原告は、四月二三日、被告に対して連絡をとつたところ、被告は、建築をもう少し考えさせてほしいと述べ、その後、何の連絡もなかつた。

8  被告は、その後、株式会社ハヤシ建築事務所(代表取締役林国義)に設計監理を委託し、これによつて居宅を建築した。

三以上の事実によると、被告は、原告に対し、新築建物の設計監理を委託したが、これに対する具体的報酬の金額、支払方法について明確な合意が成立していなかつたことが認められる。

しかし、原告は、一級建築士として他人からの依頼により営業として建築設計業務(これが商行為であるかどうかはともかくとして)を行つている者であり、被告が原告に対してその業務に属する行為を委託し、その際設計監理委託書(甲第一号証)によつて報酬規定に準じて設計監理を委託したものであることを考慮すると、原告と被告の間に、被告が原告に対して何らかの報酬を支払う旨の暗黙の合意が成立したと認めることができる。

そうすると、原告と被告との間に、建築設計監理に関する請負契約が成立したものと認めることができる。

そして、原告は、本件契約に基づいて被告と打ち合せをして設計図を作成し、建築確認申請に必要な書類を準備したが、被告から明確な理由を示されずに設計業務(確認申請手続)の延期の申入れを受け、その後、被告が第三者に建築設計監理を委託して居宅の建築したことにより、原告の本件契約に基づく債務の履行が不能になつたものと認めることができる。なお、被告は、原告が被告の希望どおり債務の履行をしなかつた旨主張するが、これにそう被告本人尋問の結果は採用することができず、ほかにこの点が認められる的確な証拠はない。

そうすると、原告の債務は、被告の責に帰すべき事由によつて履行不能になつたものであるから、原告は、本件契約に基づく設計を完成させ、工事の監理する業務を免れるが、民法五三六条二項により、注文者である被告に請負代金全額を請求することができるが、自己の債務を免れたことにより得た利益を被告に償還すべきことになる(最高裁昭和五二年二月二二日第三小法廷判決。民集三一巻一号七九頁参照)。

四報酬金額について

本件契約では、当事者間に具体的報酬額の定めがなかつたことは、前記のとおりであるが、このような場合の報酬額については、業界内部の基準、当事者間の意思、仕事の規模、内容、程度等の諸事情を総合的に考慮して相当の額を決定するのが相当である。

〈証拠〉、鑑定人宮坂椙一朗の鑑定の結果によると、次の事実が認められこの認定に反する証拠はない。

1 原告は、被告と本件契約を結ぶ際、設計委託書(甲第一号証)の摘要欄に報酬を工事費の八パーセントと記入したが、被告らの事情でこの八パーセントが抹消された(前記二の3)。

2 本件契約で準じることとした報酬規定によると、設計監理報酬(基本設計、実施設計、監理をすべて行う場合)は、原則として、工事費総額(注文者と請負人との間で合意があれば、工事費予算額又は工事実施金額)に一定の料率(建築種別と工事費の金額によつて異なる。住宅の場合、工事費三〇〇〇万円で11.47パーセント、四〇〇〇万円で11.07パーセント)を乗じて算出した額を最低基準とする。基本設計、実施設計、監理を分割して行う場合は、次のとおりとなる(数字は、報酬総額に対する割合(パーセント))。

基本設計だけの場合  三〇

実施設計だけの場合  六〇

監理だけの場合  三〇

設計(基本設計と実施設計)だけの場合  八〇

3 原告が作成した設計図に基づく工事の予算額は、三三七五万円である。

4 報酬を経費の実費計算で算出すると、三二九万六一三五円となる。また、原告がした設計業務は、本来の全設計業務の84.4パーセントと認められる。

以上の事実によると、原告が本件契約に基づいて設計監理業務を完成させた場合の報酬総額は、報酬規定に基づくと工事費総額の11.47パーセントとなる。しかし、本件契約締結の際、原告は、工事費総額の八パーセントを求めていたのであり、被告も、報酬の多寡という理由ではなく、他の事情でこれを拒否したのであるから、双方の意思としては、被告が原告の仕事の出来具合によつて自発的に工事費総額の八パーセントを越える報酬を支払うことがあつても、原告が被告に対して八パーセントを越える報酬を請求することを予想していなかつたといわなければならない。そうすると、本件報酬総額は、工事費総額(三三七五万円)の八パーセントである二七〇万円とするのが相当である。

そして、前記認定の事実と原告本人尋問の結果を総合すると、原告は、建築確認申請までいかず、そのために監理に関する業務を何もしていなかつたことが認められる(なお、原告は、被告の指示があり次第直ちに監理業務にとりかかかれるような態勢をとつていた旨供述するが、原告の業務の進行状況が前記のとおりであつたことを考慮すると、原告のこの態勢が相当因果関係がある行為とは認められない。)。したがつて、原告は、監理についてすべての支出を免れたことになり、この免れた支出は、報酬総額の二〇パーセント(五四万円)とみるのが相当である。

また、設計業務も、原告は、設計に関する報酬の約15.6パーセント(三三万円)の支出を免れたものとみるのが相当である。

したがつて、これらの金額を控除した一八三万円が本件報酬ということになる。

五抗弁2について

1  〈証拠〉には、原告と被告が横尾立会いのもとで本件契約の報酬について協議した結果、昭和五二年六月一日、一三万円支払うことで円満解決する旨の合意が成立した部分があるが、原告本人尋問の結果に照らして採用することはできない。かえつて、原告本人尋問の結果によると、被告は、原告に対して一三万円を支払う提案したが、原告がこれを拒否したことが認められる。

六むすび

原告の本件請求は、被告に対し、本件報酬金として一八三万円とこれに対する本件訴状の送達の日の翌日であることが本件記録上明らかな昭和五二年一〇月二六日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で認容し、その余を棄却し、民訴法九二条に従い、主文のとおり判決する。

(春日通良)

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